2020年11月23日(月)~渋谷で開催される「安斉紗織×荒井沙織 二人のさおり展」
個性あるお二人の女性作家さんは、どんな作品を魅せてくれるのでしょうか、今から楽しみです。

そのうちの御一人、安斉紗織さんについて、
京都芸術大学通信教育部芸術教養学科での課題で、「手彩色写真画家安斉紗織の創る手彩色写真画」について考察しました。
(課題レポート提出時である2020年7月時点のままです。)

はじめに

今やInstagram、Twitter、Facebook等SNSの発達に伴い、「写真」は、撮って公開する側も見る側も、全世界規模で拡がり、誰もが俄か「フォトグラファー」の時代である。その一方で、「写真」の芸術性については写真が誕生してから長らく論じられてきている中で、アメリカ等海外では芸術としての評価が高まり「ファインアートフォトグラフィー」市場も形成されているものの、日本では、絵画等芸術作品と比べても、認知度や評価はまだまだ未成熟な状態である。

そのような中で、東京の企画画廊であるIsland Galleryは、「ファインアートフォトグラフィー」すなわち「アート写真」作家及びその作品を取扱い、作家の発掘・育成から作品の販売までを手掛けている。ギャラリーの目指すゴールは、

『「アート写真」が従来の絵画等芸術作品と肩を並べてアート市場で評価されること』であり、顧客向けのサービス提供という視点では、『画面越しに見るだけではなく、プリントし額装した作品の「最終形」を観て感じて欲しい。その場を提供したい。』

である。
これら素晴らしい「アート写真」に接する機会をもって数年来、ギャラリーのオーナーや作家の方々と懇意にさせていただくうちに、ギャラリーの活動に触発され、「アート写真」の認知度向上に高い興味を持つようになって来た。そんな中で、「アート写真」でも特異性のある「手彩色写真画」という手法をとる安斉紗織さんの個展が開かれることになったので、安斉紗織さんの作品、その活動を紹介しながら、「アート写真」の認知度向上への取組みや課題も考察したいと思う。

手彩色写真画とは

手彩色写真画は、以下の工程で作られる作品である。

1.写真の被写体となる風景や対象物を、デジタル高性能カメラでカラー撮影する。
(元データに収められる情報の精度(色や形の情報)が、人間の視力を超えるくらい細かいということを意味する。)

2.写真をモノクロで加工・編集して印刷する。

3.印刷した内容をベース(ある意味下絵)に、色付けや加筆を主に水彩絵の具で行う。

上記が大まかな工程であるが、この工程を構築した作家である安斉紗織氏も試行錯誤を繰り返し、これまで開催した8回の個展の中でも都度進化をしている。初期(例「Lokahi-融合」※1)は、ベースに対し部分的に枠線を強調したり色付けしたりといった程度であったが、

『Lokahi-融合』
『花音』

個展の回を重ねた結果、写真はあくまでも下絵程度で、その上から水彩で描ききる(例「花音」※2)様に変わってきている。

手彩色写真というと、日本では文明開化期の横浜で流行った「横浜写真」を思い浮かべる方もいらっしゃると思う。日下金兵衛氏によって作成されたものが有名であり、主に外国人向けのお土産として製造されていたという。この「横浜写真」等の手彩色写真との違いは、上述の工程のように高精度デジタルカメラで取り込んだ圧倒的な情報量を元に印刷された「下絵」に彩色することであろう。これを行うことにより、人間の眼では捉えきれなかった要素も印刷され、作品に重厚感・奥行・視覚の驚きを与えることができる。

裏手彩色版画の巨匠であり安斉さんが敬愛する名嘉睦稔氏は、安斉さんの初の個展にあたり贈った言葉の中で、以下のように表現されている。

ここにおいて、新たな様式・手法としての「手彩色写真画」が誕生した。

『百花繚乱』

手彩色写真画家安斉紗織

安斉さんの活動の原点は何だろうか。本人の個展での挨拶やHP、そして、先般行われた千葉のラジオ局bayFM のプログラムでのインタビュー(※4)が参考になる。

『妖精の家』

子供の頃から絵を描くのが好きで女子美術大学を卒業、学生時代や卒業後に南方の島々で様々な活動・経験をされ、その後Island Galleryに就職し、後に店長となられる。オーナー、安斉さん共に名嘉睦稔氏をリスペクトしているIsland Galleryでは、「アート写真」に力をいれる前より、名嘉睦稔氏の作品を取扱っている。ギャラリーで写真技術を習得した安斉さんは、作家として独立するにあたって、名嘉睦稔氏の手法を写真作品に取り入れ、融合を試みる。そして手彩色写真画家安斉紗織として作家活動を始める。

デビュー後は、精力的に作品創作を進める。第一回個展が2015年9月「マナ紡ぎ」であり、本年2020年8月の個展「焔花~ Best Selection」が第8回目であり、5年間で8回のハイペースである。しかも、途中にご結婚・ご出産を挟んでいるにも関わらず。

オーナーによれば、通常は年1回個展開催が順当で、1年に1回でも(作家が満足する)作品を仕上げられないという事で実施しない作家もいるとのことを考えると、作品創作にかける情熱は、安斉さんが尋常でないと言えるだろう。

『錦秋』

個展に来ていただくために

個展での発表、それに伴う取材から制作を含めた準備は当然行うものとして、個展そのものを周知し、来場していただくために、どのような活動をしているのだろうか。この辺りが、「アート写真」の認知度向上の活動と重なってくる。

オーナーは言う、「google+の終了は痛かった」。google+が隆盛を極めていた頃、ギャラリーは、google+で形成されているネット上のコミュニティを現実世界で実現するハブの機能を提供していた。

google+をきっかけとしてお客様を誘引し、元々は特定の作家のファンであり「見るだけ」ユーザーだった人々に対して、最終形と言える額装作品の良さを丁寧に説明する。結果、最初は小さいサイズから、徐々に大きなサイズへと、或いは、他の作家の作品へと、お客様の目も肥えて、より良い作品を求めていくようになっていく。このようなモデルができていた。

しかし、google+の終了は、その最初のきっかけを失ってしまった。では、どうするか?

端的には代替SNSの活用だろう。オーナーの評価によると、Twitter > Facebook > Instagramで効果の順位が付けられる。Instagram、Facebookはターゲットに届きにくいという実感を持っている。

では、Twitterはどうか?3つのメディアの中ではまだまし、といったレベルではあるが、それなりの効果はあると評価している。但し、ギャラリーとしての発信能力よりは、作家の発信能力・ネットワーク力に依存する部分が多く、作家の熱意にも依存する。

作家がTwitterで積極的に発信、ハッシュタグを活用、その他の活動とリンクさせることで、Twitter上の拡散効果が増して、集客に繋がっているという分析である。この点、安斉さんは熱意の高い方で、各個展でも一定量の「新規顧客」を獲得していると聞いている。

『春霞』

追打ちをかけたのが今回のコロナ危機である。ギャラリーでは1つの個展が4日間開催後時期未定の延期、2つの個展が延期(安斉さんの個展が8月延期、他の方で10月に延期)となった。ギャラリーはいくつかの対応を行ったが、大きくは2つ挙げられる。

1つ目はハードルを下げることである。具体的には、カタログ作品集を作りギャラリーサイト上で販売を始めたことである。個展来訪という目標とは相違えるように思うかもしれないが、将来の個展開催に向けた種まきと考えれば納得できる。そして肝心のサイトに誘導するための新たな試みが、安斉さんのラジオ出演というこれまでに未利用だったメディアの活用である。

2つ目は、より深く囲い込むことである。既存のコレクターを維持するために、ギャラリー「準備室」での作家を交えた特別展覧(プライベート個展)を開催している。認知度向上(拡散)という点では効果は薄いが、作家と1対1で過ごす時間という付加価値を付けることで、コレクターの満足感向上(「アート写真」の価値向上)に繋がると言える。

『あなたは魅力に満ちている』

更なる取組みの模索

今回のコロナ危機は、ギャラリー業界にも大きな影響を与えたが、それが大きな転機ともなっている。Google+の停止から始まったビジネスモデル変換の圧力が、いよいよ待った無しとなったのである。
前述の対応でオーナーも十分と考えているわけではない。

『桜雲』

本講義でのディスカッションの経過をオーナーに伝えたところ、示唆を得るものがあったとのコメントをいただいた。個人的には「江戸風鈴」が行っている商標登録が最も印象に残った。「手彩色写真画」は今のところ唯一無二である。早々に商標登録をして、その上での認知度向上、ビジネス展開を考えていくのは有効だと思う。また、未利用のメディア活用という点では、動画のより積極的な活用(と周知・拡散)、動画メディア(TV、例えば「ブレイク前夜」(※5))への露出等挑戦する先はまだまだあると思う。

「アート写真」または、「手彩色写真画家」安斉紗織のファンとして収集家として、このような活動をこれからも一緒に実践できればと思う。

『紅の華』

【脚注】
(※1)「Lokahi-融合.jpg」(第一回個展出展作品)
(※2)「花音.jpg」(第五回個展出展作品)
(※3)https://islandgallery.jp/11900
(※4)bayFM 「フリントストーン」2020/5/23 放送内容分
https://www.bayfm.co.jp/program/flint/2020/05/23/彩色写真の幻想的な世界-〜モノクロ写真に絵筆で/
(※5)「ブレイク前夜」BSフジ 毎週火曜日22:55~放送中 https://breakzenya.art/

『輝桜』

【参考文献】
本課題を実施するにあたり、安斉紗織氏及びIsland Gallery関係者に以下のインタビューを実施させていただいた。

2020/4/11 14:00-17:00 @Island Gallery かちどき準備室
石島英雄(代表)、濱中仁(マネージャー)、藪崎次郎(作家)

2020/5/24 10:00-11:00 @オンラインカンファレンス(Google MEET)
安斉紗織(作家、Island Gallery元店長)

2020/5/24 14:00-17:00 @Island Gallery かちどき準備室
石島英雄(代表)、宿谷麻衣(店長)、濱中仁(マネージャー)
(宿谷店長は、Google MEETによるオンラインカンファレンス参加)

関連するサイト(最終訪問日は、いずれも2020/8/12)

安斉紗織 プロフィール(Island Gallery)
https://islandgallery.jp/saori

安斉紗織 オンラインギャラリー
https://islandgallery.jp/e/products/list?category_id=4

安斉紗織 個人公式サイト
http://saotan.jp/

bayFM 「フリントストーン」2020/5/23 放送内容分
https://www.bayfm.co.jp/program/flint/2020/05/23/彩色写真の幻想的な世界-〜モノクロ写真に絵筆で/

Island Gallery 公式サイト
https://islandgallery.jp/ 

横浜開港資料館 よこはま歴史画像集「4.明治期風景彩色写真」
http://www.kaikou.city.yokohama.jp/document/picture/04.html

Wikipedia「日下金兵衛」
https://ja.wikipedia.org/wiki/日下部金兵衛

望焔

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