京都芸術大学通信教育部芸術教養学科での課題で、「ファインアートフォトを世界に広める個展の運営」について考察しました。
(課題レポート提出時である2020年4月時点のままです。)

はじめに

東京京橋にあるIsland Gallery。正確には、2019年末に京橋地域の開発計画の為にギャラリーは閉じ、「準備室」として運営中である。取扱作品は、ファインアートフォトグラフィーと呼ばれる「アート写真」が主である。代表石島英雄氏が、裏手彩色版画の巨匠名嘉睦稔氏や、THE ALFEEのリーダー坂崎幸之助氏、THE BOOMのボーカル宮沢和史氏等のアート活動をプロデュースする傍らで、独自の視点で発掘・育成していった写真家の個展を定期的に開催している。「アート写真」という日本では他の芸術作品に比べて明らかに「マイナー」である分野で、どのようにビジネスを展開していくのだろうか?そして、作品を収集する立場として、作品の価値(=当該分野の価値)向上につながることは何だろうか?これらについて、個展運営をする関係者へのヒアリングを交え考察したいと思う。

「アート写真」ビジネスに踏み込んだ大きなきっかけは、google+だったと石島氏は語る。SNSが拡大・浸透していく中で、google+の投稿者・投稿内容は他と異なり写真をアートとして捉える傾向の強いコミュニティだった。google+で100万を超えるフォロワーを抱える写真家が生まれる中、「これならば、海外にありながら日本になない「アート写真」を世の中に広められる」と考えたのである。究極のゴールは、『「アート写真」が従来ある絵画等の芸術作品と肩を並べてアート市場で扱われること』であり、顧客向けのサービス提供という視点では、『画面越しに見るだけではなく、プリントし額装した作品の「最終形」を観て感じて欲しい。その場を提供したい。』である。この意思の元に個展は運営されているのだ。

個展の計画と作家の発掘・育成

個展の開催時期は、年間のギャラリー利用計画を元に作家の配分が決定されていく。作家の力量・成長度合(集客・売上)に基づいて、年に1回、年に複数回、本年は見送りといった形で決められていく。ここに、ギャラリーが作家をどう伸ばしていこうとしているのか、が表れてくる。

では、作家はどう発掘され、個展を開くまでに至るのか。ギャラリーで個展を開くまでのプロセスは、以下の通りである。

①石島氏がSNSや一部売込で、写真家を探す。この時点では、写真技術・加工技術・構図やタイミングなどの感性要素も含めた「腕」のみで判断する。

②グループ展を実施(その1)。上記で目についた作家に、10人程度のグループ展をオファーする。

③グループ展を実施(その2)。上記グループ展で人気のあった作家に対して、3人展をオファーする。

④はれて、個展開催。上記3人展で人気のあった作家に対して、個展をオファーする。

②、③の間に、技術的には先達である石島氏から、様々なアドバイスを作家は受けることになる。この過程で、石島氏のアドバイスを受入れるか受入れないか、が問題ではなく、向上心とその成果を、石島氏は重視する。結果としてアドバイス通りにはならない場合にも、議論を重ねる等自身を磨く為の活動をするような作家が選ばれている。また、石島氏やスタッフとの交流、また、グループ展でのお客様との関係を持つ中で、大人としての行動ができないような作家には、以降、声がかからない。

作家とは言え、サービス業のサービス提供者として社会人としての嗜みを持つことも重要な要素と、石島氏は考えている。

最終形としての額装作品

オンラインで見れば無料なのになぜ、と思われる方々もいるだろう。しかし、オンラインでは味合うことのできない肌理の細かさ、細部への拘り、マクロとミクロの楽しみ、作家が本当に表現したかった構図や色、が表されるのがプリント作品である。素材はデジタルで撮られた写真なので、電子の世界(PCや画像編集ソフト)である程度の製作は進められる。しかし、最終的な色を含めた全体感を決定するのはプリンタへの印刷時の調整なのである。

浮世絵にも「擦り師」がいるように作家の個人活動ではなく、ギャラリー全体のチーム活動であり、インタビューした作家の安斉紗織氏は「ルーベンスの『工房』のようなチームだと思う」と表現していた。そして生まれる個々の作品にタイトルをつけ、キャプションをつける。この段においては、作家の意思が最も尊重され、プロデューサーとしての石島氏はあまり口を挟まないそうだ。最後に展示上の配置である。展示する数々の作品をお客様にどうみて欲しいのか、作家の考えるストーリーに沿って展示されるのが基本である。一方で、お客様が見やすい様、動きやすい様という動線も考慮する必要がある。個展経験の少ない作家によっては動線の配慮が欠けることもあり、石島氏らのアドバイスにより配置を見直すこともあるようだ。個展の準備は、このようにある意味淡々と進む。大きな課題は、集客(誰をどのように)である。

まずは来客者、そして購買者

石島氏は言う、「google+の終了は痛かった」。google+が隆盛を極めていた頃、ギャラリーは、google+で形成されているネット上のコミュニティを現実世界で実現するハブの機能を提供していた。ネット上での関係でしかなかった写真家やそのファン達が、個展等を通じて知り合い、そこからフォトウォーク等に発展していった。その結果、来客者も購買者もある程度確保できていた。もちろん、真のターゲットは「コレクター」である。究極の目標である「アート写真」市場の形成・浸透には、供給者側の作家やギャラリーだけでなく、需要者側のお客様も拡大・育成・成熟されなければ成り立たないのだから。

google+がある頃は、それをきっかけとしてお客様を誘引し、元々は特定の作家のファンであり「見るだけ」ユーザーだった人々に対して、最終形である額装作品の良さを丁寧に説明する。結果、最初は小さいサイズから、徐々に大きなサイズへと、或いは、他の作家の作品へと、お客様の目も肥えて、より良い作品を求めていくようになっていく。

しかし、google+の終了は、その最初のきっかけを失ってしまった。では、どうするか?端的には代替SNSの検討である。候補として挙がってくるのが、Instagram、Facebook、Twitterであろう。石島氏の評価によると、Twitter > Facebook > Instagramで効果の順位が付けられる。Instagram、Facebookはターゲットに届きにくいという実感を持っている。では、Twitterはどうか?3つのメディアの中ではまだまし、といったレベルではあるが、それなりの効果はあると評価している。但し、ギャラリーとしての発信能力よりは、作家の発信能力・ネットワーク力に依存する部分が多く、作家の熱意にも依存する。作家がTwitterで積極的に発信、ハッシュタグを活用、その他の活動とリンクさせることで、Twitter上の拡散効果が増して、集客に繋がっているという分析である。

更に追打ちをかけたのが今回のコロナ危機である。ギャラリーでは1つの個展が4日間開催後時期未定の延期、2つの個展が延期(7月・9月に開催予定)となった。ギャラリーはいくつかの対応を行ったが、大きくは2つに分けられる。

1つ目はハードルを下げることである。具体的には、カタログ作品集を作りギャラリーサイト上で販売を始めたこととオンライン販売サイトの刷新である。額装作品を提供するという目標とは相違えるように思うかもしれないが、将来の個展開催に向けた種まきと考えれば納得できる。そしてサイトへの誘導には、前述の作家によるSNSを使ったのみならず、作家のラジオ出演といった試みも行われている。

2つ目は、より深く囲い込むことである。既存のお客様、とりわけコレクターを維持・拡大するために、ギャラリー「準備室」での作家を交えた特別展覧(プライベート個展)を開催している。作家と1対1で過ごす時間という付加価値を付けることで、コレクターの満足感を向上し、顧客単価(売上)を高めるという手法である。

「アート写真」の市場形成に向けて

以上のように、個展を通じて「アート写真」を提供し、他の芸術作品と肩を並べる市場に育てるという構想にはまだ道半ばである。特に、その導入である顧客の誘導に関しては、決め手が見つからず試行錯誤を今後も繰り返していくことになるであろう。例えば、ネット空間だけでも海外進出(海外向けのサイトを構築、海外の関連サイトに出稿等)も、維持・運営を考えると現実的ではない。

また、現在はプライマリー市場(作家からの直接提供する市場)にしても運営主体は全国でもIsland Galleryを含めて数少ない中、セカンダリー市場(購入作品を転売する流通市場)に至っては形成されていないのが実態である。多くのアート作品の市場規模は、セカンダリー市場の規模の大きさでもある。壮大な課題ではあるが、このセカンダリー市場を形成することに貢献することが一収集家としてできることではないかと考える。

参考文献

 

本課題を実施するにあたり、Island Gallery及び関係者に以下のインタビューを実施させていただいた

2020/4/11 14:00-17:00 @Island Gallery かちどき準備室

石島英雄(代表)、濱中仁(マネージャー)、藪崎次郎(作家)

2020/5/24 10:00-11:00 @オンラインカンファレンス(Google MEET)

安斉紗織(作家、Island Gallery元店長)

2020/5/24 14:00-17:00 @Island Gallery かちどき準備室

石島英雄(代表)、宿谷麻衣(店長)、濱中仁(マネージャー)

(宿谷店長は、Google MEETによるオンラインカンファレンス参加)

関連するサイト(最終訪問日は、いずれも2020/5/25)

Island Gallery 公式サイト

https://islandgallery.jp/ 

Island Gallery 音楽提供サイト(ISLAND SOUND)

https://www.youtube.com/channel/UCWBNSnHTweqkZPz19Jtxy9Q 

藪崎次郎 プロフィール(Island Gallery)

https://islandgallery.jp/jiroyabuzaki

藪崎次郎 オンラインギャラリー

https://islandgallery.jp/e/products/list?category_id=9

藪崎次郎 個人公式サイト

https://www.facebook.com/jiroyabuzaki

安斉紗織 プロフィール(Island Gallery)

https://islandgallery.jp/saori

安斉紗織 オンラインギャラリー

https://islandgallery.jp/e/products/list?category_id=4

安斉紗織 個人公式サイト

http://saotan.jp/

bayFM 「フリントストーン」2020/5/23 放送内容分

https://www.bayfm.co.jp/program/flint/2020/05/23/彩色写真の幻想的な世界-〜モノクロ写真に絵筆で/

http://radiko.jp/#!/ts/BAYFM78/20200523180000

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